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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)453号 判決

上告人 陣川栄一郎 外一名

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人ら代理人弁護士山田孝次郎の上告理由第一について。

しかし、本訴の請求原因とするところは、要するに、執行吏は国の公権力の行使に当る公務員に準ずるものであるところ、本件執行吏又は執行吏代理がその職務の執行として本件仮処分の執行につき過失によつて本件船舶を滅失させ、よつて違法に原告らに損害を加えたから、国がその損害を賠償する責任があるというに帰する。そして、原判決の適法に確定したところによれば、本件仮処分決定において執行吏に対し本件船舶に対する仮処分の執行について適当な方法を講じうる権限を与えており、本件執行吏代理小杉利秋がこの権限に基き適法に荒木福旺を本件船舶の保管者として選任したものであり、従つて、執行吏代理が所論(三)のごとくほしいままに定めたものでないこと、また、所論(四)とは異り小杉が荒木を選任したことにつき故意、過失がなかつたこと、および、仮処分の執行方法についても適当な措置をとつたもので、従つて、所論(五)は掛斥さるべきものであることは、すべて、明白であるといわなければならない。従つて、所論(三)ないし(五)は採るを得ない。次に、本件の場合右保管者荒木を国家賠償法にいう公務員と解し得ないことは明らかであり、また、同人が執行吏の手足の延長又は補助機関と解することができないから、所論(一)(二)も採用できない。さらに、所論国家賠償法四条にいわゆる民法の規定によるとは損害賠償の範囲、過失相殺時効等につき民法の規定によるとの意味であつて、所論のように民法六五七条、六六五条の寄託関係をも斟酌すべしという趣旨ではない。それ故、所論(六)も採るを得ない。

同第二について。

国家賠償法に基く損害賠償は、公務員の故意又は過失を要件とするものであるから、本件執行吏に故意又は過失のない場合には国は損害の賠償をする責を負うべきいわれはない。されば、原判決には所論の違法も認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤悠輔 入江俊郎 下飯坂潤夫 高木常七)

上告人代理人山田孝次郎の上告理由

第一 原判決は法則の適用を誤り審理不尽の違法がある。

(一)熊本地方裁判所天草支部昭和二十六年(ヨ)第九号船舶仮処分決定に依りて本件の帆船第一福丸は上告人等の占有を解かれ右仮処分申請人訴外荒木福旺の委任する執行吏に之れが保管を命ぜられたされば右船舶の保管者占有者は執行吏である執行吏が自己の権限にて右荒木福旺を保管人と定めたとしても唯事実上の保管を彼れに委託したに過ぎない即ち執行吏の手足の延長としての保管者に過ぎない之れあるがために執行吏の責任を解消するものではない執行吏が定めた保管人の不法行為に依りて上告人等に違法の損害を蒙らしめたとすればその執行吏が責任を負こうとは当然のことである。

之れは民法第七一五条使用者若くは事業監督者についての規定の理念より見ても明なることである。

(二)公務員とは官吏公吏はもとよりすべての国又は公共団体の為めに公権力を行使する権限を法令上与へられて居る者を含むと云うのが通説である。

故に本件の場合私人である執行債権者右荒木福旺も保管人として公務員の概念に含まるゝものである。

右執行債権者は仮処分決定主文で保管者に指名されたのでなくて執行吏の任命により保管者となつたものであるから保管者の行為即ち執行吏の行為となり得ないとしても少くとも執行吏の補助者の地位には立つものである即ち執行吏の補助機関の行為として責めに任ずべきである。

然るに原判決は執行吏が自己に代りて保管者を定めた事実によりて執行吏の責任は解消したものと断じ去つたのは法則の適用を誤り及び審理不尽の違法ありと信ずる。

(三)前述の仮処分決定第二項には第一項船舶に対する被申請人陣川栄一郎、同太田音次郎の占有を解き申請人の委任する執行吏に之れが保管を命じ右執行吏は該船舶につき右仮処分の執行につき適当なる方法を講ずることができるとあり而して此の保管人若くは監守人を定むるは民事訴訟法第七五六条第七五三条に依り裁判所の命ずべきものであり執行吏のほしいまゝの行為を許容しないのである即ち執行吏の過失行為としてその責に任ずべきである。

(四)仮りに前述の執行吏に保管人任命の権限ありとしても違法不法に船舶を喪失せしむるに至らしめた執行債権者たる右荒木福旺を選任した執行吏は保管者の選任について過失ありと云わなければならない。

(五)執行吏は自己の保管若くは占有を移転した場合には執行吏は右保管者としての職責上その権限に基いて仮処分の決定に違反して作出せられた状態を旧に復する義務がある上告人等は本件船舶が執行地串木野市島平港に存在しないことを覚知すると同時に之れが捜査救済を執行吏に申請したにも拘らず執行吏は甲第六号証の如く「只今の所果して貴殿の申入れ通りなるや否や確証なし一度貴書を添へて保管者に注意することにしました」とありて船舶の差押執行地は直ぐ間近の串木野市島平港である一挙手一投足の労は船舶の存在しない事は直に判然すべきであるのに放任して執行吏としての前述の義務を怠りて之れを看過して防止の手段を講ぜず本件船舶の喪失を招来せしめたのは執行吏の過失に帰すべきである。

原判決には法則の適用を誤り審理不尽理由不備の違法がある。

(六)執行委任をなす者と執行吏との関係は私法上の関係ではなくて訴訟法上の関係即ち公法上の職権職務としても国家賠償法にはその第四条に民法の規定が適用あり故に上告人は民法第六五七条第六六五集の寄託を主張し損害賠償の請求権を主張するものである。

第二 原判決は経験法則に違反する違法あり。

国家公権が私人の民事的権利の範囲を侵害するのは原則として国家的共同利益を実現する所以であるがかくして一般利益のために惹起せられた損害が又一般の負担に帰することは正義と衡平に関する法治国に於ける原則である健全なる法律の発達はその原則の適用を右の場合のみに制限することなく一般に国家機関の故意過失なくして公共の利益の為めに各個人の権利を侵害する場合に及ぼすのであるそしてこのことは正当なる一般利益と合致する理論である独逸法は法制上過失主義を取りながら判例は無過失主義を肯認して居る本件の場合上告人等は執行吏の執行々為のために不知の間に真に夢の間に所有の船舶を奪われ喪失して致命的の大損害を蒙つて居る之れを救済することが正当なる一般利益に合致する所以なりと信ずる。

以上

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